小学校の存在意義について

小学校は義務勝幾です。私も教壇に立っていた経験があります。その中で、小学校に通わなければ立派な社会人になれないでしょうか?答えはNOだと思います。

小学校という集団生活に馴染めなくても色んなやり方があると思います。実際に小学校に行くべきと学校、保護者がプレッシャーをかけてますます引きこもりになってしまいます。まずは、周りから環境を整えるべきと思います。

 

例えば、ネットで予習してくる子どもたち一部にネットの動画で予習してくる子どもがいます。

最近のネット上に上がっている動画は、かなりのクオリティで説明がうまいです。

どうひいき目に見ても、ふつうの教師では歯が立たない(しかも学校は、問題解決学習というハンディも背負っています)です。教え方がうまくない教師の話につきあう必要があるのでしょうか。

 

学校が機能不全になっている小学校低学年の授業は易しいと思っている人がいます。それは現場を知らない人の誤解です。また、ひらがなや数字を書かせても、「鏡文字」にしてしまったりします。これが、高校生になっても直らない。だから、小学校低学年の授業はとても大切で、手を抜けない。けっして易しくはないのです。ただ、家庭で最低限の躾をしてもらえず、そこが学校にまかせっきりになってしまえば、授業を円滑におこなえません。現在問題になっている今のように歩き回っている子どもがいる教室では、教師が細かい字の間違いを直して回ることはできません。

 

家庭で最低限のことをやってから、学校にこないと、教室は崩壊します。最近は、注意すると教師に殴りかかってくる子どももいるくらいです。このように、学校は機能不全を起こしているのです。

 

学校に行くこと自体がリスクになる教室は、平和ではありません。陰湿ないじめもあれば、学級崩壊、教師からの過剰な圧迫、危険な体育の授業もあります。しかも同調圧力が強く、その中に入ってしまえば個別の活動は断れません。

 

もしかしたら、こういった経験をしないほうが、社会や大人に不信感を抱かずに、社会に適合できるのではないかと思ってしまいます。なぜ学校に行くのか -みんながいくから では、なぜ行くのか。それはみんなが行っているからという横並び意識でしかないと思います。ここまで教育現場が劣化してしまえば、行くこと自体がリスクになってしまっているかもしれないこともあります。

 

その為、私達の教室で学校やご家庭で指導が難しい場面を指導し、心身共に成長させていきたいと思います。体操と勉強の教室では楽しく、個人を大切にして学んでいきます。

不登校の子も運動が苦手な子、運動が得意だけどコミニケションが苦手な子などに対して、

楽しみながら体操を学べ、将来的にも色んなスポーツに活かせます。

ひたすら技術の向上をするのではなく、一人一人に合わせた楽しい体操教室です。

 

是非1度ご体験ください。

また、体操の後は勉強を行いますので、自然に勉強する習慣もつきます。